‘東北大震災の支援’ カテゴリーのアーカイブ

宮古市田老地区

2011年4月3日 日曜日

宮古市の田老地区は壊滅状態でした。

津波の恐ろしさを実感しました。

宮古市街

2011年4月3日 日曜日

いたる所に”がんばろう!宮古!”と張り紙がありました。

 

コンビニは生活に必要な物資はそろっていましたが、

嗜好品等はほとんどありませんでした。

ガソリンスタンドは震災前と同じ状態に戻っていました。

私たちが到着する前日あたりに急に状態が良くなったそうです。

日々、支援のニーズが変わっていることを実感しました。

宮古市

2011年4月2日 土曜日

宮古市には午後3時半頃到着しました。

意外だったのは宮古市に入っても災害を受けた様子が

全く無かったことです。

岩手の方は揺れによる被害がほとんど無かったそうです。

しかし、津波では壊滅的な被害を受けていました。

 

物資は支援の拠点となっている、社会福祉法人・若竹会へ

搬入しました。

 

夜は若竹会の事務所で雑魚寝です。

東北自動車道

2011年4月2日 土曜日

朝7:30頃、那須高原SAに到着しました。

ガソリンスタンドは長蛇の列でした。

一般道にいったん降りたところ、ガソリンスタンドは空いていました。

福島県~宮城県にかけての高速道路はでこぼこで、

補修の後がいたる所にありました。

このSAで神奈川県の特別養護老人ホーム・柴胡苑の

施設長さんと合流しました。

紫波SAでは栃木の社会福祉法人・同愛会さんと合流しました。

岩手県宮古市へ

2011年4月2日 土曜日

全国青年経営者会では震災直後より様々な支援を行ってきました。

雄志で現地まで支援物資を運んだり、現地での支援活動を始めています。

継続的な支援が不可避であり、交代で現地に出向いています。

旭寮の施設長も青年経営者会のメンバーであり、4月2日からの支援に参加しました。

4月1日、リュックとバッグに少しの支援物資と寝袋や食料等を詰め込み、

新幹線で東京に向かいました。

東京の街中は節電で真っ暗でした。

4月2日朝4時半に池袋駅で静岡の特別養護老人ホーム・さつき園の

施設長さんと合流し、園のワンボックスで宮古市を目指しました。

備蓄食品

2011年3月30日 水曜日

支援の拠点になっている茨城県水戸市の経費老人ホーム・ハートピア水戸様に

旭寮の備蓄食品等を送らさせていただきました。

ラジオ

2011年3月18日 金曜日

私たちにできることから支援を始めました。

利用者のかたから、ラジオをいくつか提供していただきました。

乾電池やマスク(段ボール5箱)等を県を通して送りました。